2018年11月17日土曜日

フランス、リヨンのクラシックカーショー

 11月の9−10日とフランス南部のリヨンで行われたクラシックカーとオートジャンブルの EPOCAUTO に出かけてきたので少しご報告したいと思う。近年レトロモビルやペブルビーチは価格が高騰して仕入れをしてもとても日本のお客様にご紹介できるような価格ではなくなってしまったので最近はなるべく地方のイベントを狙うようにしているがここリヨンはその中でも多分一番規模が大きくかつオートモビリア類の価格もレトロモビルと比べると格段に安い。大体11月の第2週末(金)ー(日)の3日間でリヨンの東郊外にあるEXPO会場の#1−#3ホールで開催される。構成はレトロモビルとほとんど同じでクラシックカーショップ、メーカー、クラブスタンドとオートジャンブル(オートモビリアや部品、ミニカー等)が所狭しと混在しとても1日では回れない。会場の広さではレトロモビルと同等かすこし上回るかもしれない。フランスのショーなのでやはりフランス色が圧倒的に強く50−70年代のパナール、マトラ、DB、大きなところではファセルベガ
などが多く見られる。2枚めの写真はルノーのレコードブレーカー、通称流星号でミニカーでは何度も売ったことがあるが実物を見るのは初めてだった。3枚目は今回の主な収穫で特に珍しいミシュランの戦前アイテムを多くゲットした。最後の写真は昨年幕張のオートモビルカウンシルにはるばるフランスから出店したフランスのポスター屋さんのブースで日本に来たときよりも遥かに大量の珍しいポスターが展示されて
 いてお客さんが絶えることがなかった。
来年の4月に再度オートモビルカウンシルに出店予定だそうで次回はどんなポスターを見ることができるか楽しみである。パリあるいはフランクフルトからドライブすると数時間かかるがリヨン空港まで乗り継げばレンタカーですぐ、スイスのジュネーブからでも1時間30分程度で到着する。ただジュネーブ空港はレンタカー利用者にはあまり便利ではなく今回も返却場所(一切案内がない!!)を探すのに1時間以上迷ったので要注意。この空港そもそもスイスとフランスの2国にまたがって立地していてレンタカーの営業所も別にある。ここを起点にレンタカーを考えておられる方は十分に事前に調べておかれることをお勧めする。



2018年10月25日木曜日

フレンチブルーミーティング

 急に冷え込んできた10月20−21日、恒例の車山フレンチブルーに出店させていただいた。わが2CVフルゴネットにとって1年に一度の晴れ舞台、しかも今年は2CV生誕70周年(ということはオーナーとほぼ同年代)ということでなんとしても2CVで行きたかったのだが慌てて組み上げた結果どこかに問題があったらしくどうもスローが安定せず昨年の二の舞を避けたくて今年は2CVでの車山アタックは早々に断念してしてベンツV280で来てしまったが結果的にこれは大失敗、多くの2CVが集まったのを見ていると猛烈な後悔の念が湧いてきた。
なんとしてでもエンジンを完調にする、出来なければ近くまで車載に積んででも来るべきだったと猛省している。(土)は例によって雨だったが明けて日曜は数年ぶりの快晴(写真の青い空をご覧頂きたい)、日本に多分1台であろうルノーR3やシムカ1300のオーナーとも親しくお話を伺う機会にも恵まれお店の売上も好調で大いに楽しめた1日だった。2CVで来られなかったこと以外にはお店が忙しすぎてほとんど車を見ることが出来なかったのが悔しいところではある。来年もお天気に恵まれますように!!



2018年10月17日水曜日

シトロエンミュージアム

 先日フランスにアンティークの買い付けに出かけた帰りにシャルル・ド・ゴール空港の近くにあるシトロエンミュージアムを訪問する機会があったのでご報告したい。正確な名称は Conservatoire Andre Citroen と言うらしいがこのミュージアム、あまり多くの来場者に来てほしくないのか訪問には予約がいる。しかもネットで調べても予約の仕方がよくわからない。勇気を出して電話してみたらなんとか英語が通じて取り敢えず予約はできたが次に困ったのがカーナビ
でうまく場所が出てこない。どうやら場所は Andre Citroen 通りのようだが番地がない。そんなこんなでこの近くで1時間以上迷った挙げ句にようやくたどり着いた。どうやらここは昔のシトロエン工場の跡地のようで多分その一角の建物を利用してミュージアムにしているのだと思う。受付に予約の旨を伝えて10ユーロなりを払って中に入ってみるとそこには新旧のシトロエンが所狭しと並んでいて圧倒される。
特に2CVの戦前のプロトタイプや多くのショーモデル、試作車はメーカーのミュージアムならではで見応えがあった。またアミ6やディアーヌ、その派生車種などあまり日本ではお目にかかれないフランスの足車が多くあるのも嬉しい。前述のように予約がいるのがちょっと厄介だがシャルル・ド・ゴール空港からはタクシーでも簡単に行ける距離なのでシトロエンファンには一見の価値アリと思うが事前に住所や地図を十分調べてから行かれるようにおすすめしたい。


2018年10月6日土曜日

レジェンド オブ ラリー 2018

 5日の金曜日、長野県のラリー銀座(乗鞍高原周辺と美ヶ原高原周辺)で4日、5日行われた Legend of the Rally 2018 というイベントを観戦に出掛けてきた。その名の通り1960年代後半から70年代前半のラリー黄金時代にレジェンドたちが1泊2日のコースで競うという催し、これは見に行かない手はない。実はつい数日前に友人にこんなイベントがあるよ、と教えてもらって初めて知ったのだが調べてみると今年が
最後になるようである。
 3枚の写真は当時のSSのいわば3強で一番上はご存知篠塚建次郎、安定感では断然群を抜いていた。今回はギャランではなく一時代前のコルト1000での参戦(三菱ワークス時代は多分この車では走っていないと思う)だった。2枚めはヤビツ峠の主・リトルジャイアント、綾部美津雄選手、27レビンでの華麗な走りは今でも鮮烈に覚えている。つい最近まで現役で活躍されていたので若いラリーファンでもご存知の方は多いと思う。そして3枚目は当時日本最速のSS男として知られた横文こと横山文一
選手、当初多分サニー1000で頭角を現しその後510、更に一時期はスバルワークスにも所属していたと記憶しているがとにかく何に乗っても強烈に早かった。最後の年にドライブしてチャンピオンになったのが240Zだった(2リッターだったかもしれない)。お三方とも当時はいわば雲の上、神様よりも偉い存在で親しく話をさせていただくなぞ恐れ多い感じだったが写真を取らせてもらってもいいですか、と恐る恐るお尋ねしたところ実に気さくに応じてくださった。以前にも書いたが私、その当時静岡でラリーのコース作りやオフィシャルをしていた関係で練習量だけは豊富にあってローカルラリーでは何度か優勝できたがいかんせん運動神経ゼロ、体力常人の半分、資金力なしの3重苦でこれらのレジェンドと戦うレベルまではいけなかったーー篠塚選手とは同じSSで何度か競ったが1分で1−2秒程度の差があった。競技をやっている方ならその差が何を意味するかすぐお分かりと思う。もうちょっとだけ運動神経がよかったら今頃は、とつくづく思う。

2018年9月30日日曜日

フランス、ルーアンのクラシックカーショー

 9月の22−23日の週末フランス・ルーアン(ROUEN) で行われたクラシックカーショーにオートモビリアの買い付けに出かけてきた。あまりメジャーなイベントではないがその分掘り出し物期待、といったところである。今回はフランスの同業者の助けを借りて出店者パスを手に入れたので一般の方が入場する前に会場に入ることが出来てラッキー。ショー自体は予想どうりで高価な車はあまりないが50−70年代のフランス車が多く出品されていて財布の軽い我々には例えばレトロモビルなどよりはるかに楽しめる。この種のショーの楽しみは屋外のパーキング(たぶん古い車は多少の参加費で展示を兼ねてパーキングできるのだと思う)であまり日本に馴染みのないフレンチボーイスレーサー(?)が多くいて屋内の展示よりもこちらのほうが目を引く。やっぱり車は動いてなんぼ、だと改めて思った。本来の目的のオートモビリアの買い付けはどちらかというと部品の取り扱いが多く目的のオートモビリアやヴィンテージモデルカーのお店は正直なところ
あまり多くはなかった。値段の方も
インターネットが普及した
現在では一般的な値段が多く期待したほどの掘り出し物はなかった(そもそも今の世の中で嘘のような値段を期待するほうがおかしい!?)がそれでも現地に出向かないと手に入らないものを多くゲット、大満足でショーをあとにした。ルーアンはパリから西へ約100Km程度の街でシャルル・ド・ゴール空港からレンタカーで2時間程度、あまり大きな街ではないのでパリの町中のように運転は難しくなくフランス車ファンの方は一度トライされても面白いかもしれない




2018年9月17日月曜日

スマート号

 半年ほど前に我が家に15年ほど前のスマート号がやってきた。なぜ半年前の記事が今頃かというと多分新しいオーナーにちょっと駄々をこねてみたのだろう、我が家に来てしばらくして突然エンジンがかからなくなってしまった。いろいろな症状から多分燃料ポンプであろうことはすぐ想像がついたのだがさて燃料ポンプはどこだ(?)と探してみても全く見えない。ネットで色々調べてみるとサービスのためには特殊なボルト

を使ってエンジンを半分下げてーー、と恐ろしいことが書いてある!!そんなこんなでしばらく惰眠を貪っていたが他の足車があちこち壊れて必要に迫られて(そうです田舎生活は車が壊れると成り立たないのです)断然治す決心をした。そこでエンジンを下げるボルトを探すべくもう一度ネットを見ていたら燃料ポンプはエンジンを下げなくても燃料タンクを下げればアクセスできる、との記事を発見、そこでトライしてみたらアンダーカバーを外すのに多少手こずったがその後は特に大きな問題もなく無事燃料ポンプにアクセス出来た。中古の燃料ポンプを購入して交換したら見事一発始動、ちょっと嬉しかった。正直なところ1949年型の私にはこの年代の車は守備範囲外でどんなエンジンかもよく知らないがどうやら3発でターボが付いているらしく上り坂でも軽らしからぬパワーがもりもりと湧いてくる。細い大径タイヤも良い乗り心地に貢献しているのだろう。2人乗りと割り切っているためシートは立派で安っぽい感じがしないのも良い。唯一興ざめなのが出来の悪いオートクラッチでマニュアルにしてもオートマにしても繋がりがスムースでない。これが普通の5段マニュアルだったらどんなに楽しいだろうと思う。信頼性は未知数だが僕はすっかりこの車が気に入ってしまった。高速でも軽らしくない走りで遠距離も苦にならないし駐車場探しはお手の物、しばらくはおじさんの足車として活躍しそうに思う。


2018年9月9日日曜日

2馬力もうすぐ復活

 数ヶ月前に2CVのトラブルがプラグが原因だったことは書いた。その際せっかくばらしたので以前から気になっていたところをいろいろと整備することにした。全く効かなかったハンドブレーキはばらしてみるとパッドが全く無くなっていたので交換、一緒に本来のブレーキのディスクパッドも交換しエンジンマウントも頑張って交換することにした。これは新しいマウントがなかなか入らず2-3日悪戦苦闘したがなんとか組み上げた。錆びて穴が空いていたセンターマフラーも交換しこの際キャブもジェット類の掃除やフロートのレベル調整をしとりあえずこれでエンジンが掛かって走れる状態にはなった。この状態でウインカーがつかない以外は走行には支障ないので庭の中でテスト走行程度は可能である。2CVは想像されるよりは各部へのアクセスが大変なのでフェンダーを取り付ける前にできるだけ各部の調整を終えておくのが望ましい。キャブの調整が効いたのかエンジンはすこぶる好調で600CC とは思えない力が出る。あと数日で路上復帰の予定、うまく行けば9月16日富士スピードウエイで行われる古いヨーロッパ車のイベントに間に合えばと思っている。