2011年6月30日木曜日

LIONEL Post War Union Pacific ALCO AA ダイキャストモデル



もう一台、鉄道モデルをご覧いただきたい。 こちらは割合ポピュラーなモデルでLIONELのPost War、1950年リリースのモデル#2023 ユニオンパシフィック ALCO AAユニットである。 ユニオンパシフィックはネブラスカ州オマハに本社を置くアメリカ中西部をネットする合衆国最大の鉄道会社でウエスタンパシフィックやサザンパシフィックなどさまざまな鉄道会社を買収して大きくなってきた。ALCOはアメリカンロコモーティブでGE系の会社、GM系のEMDと共にアメリカのディーゼル機関車の2台メーカーの一つである。いずれのディーゼル機関車もいかにも強いアメリカを象徴するかのような力強いグッドデザインだと思う。ちなみにモデルの方も重量級でエンジン付きのモデルは重量1.6Kgのヘビー級である。
アメリカ全土にフリーウエイ網が完成したのが60年代で以後長距離の旅行にも一般的に自動車が使われるようになり鉄道、特に旅客列車は急速に衰退していくわけであるがその直前、戦後の復興期から50年代にかけてアメリカでも鉄道が時代の花形であった時代のモデルトレインである。

2011年6月29日水曜日

Burlington Zephyr --- アメリカ初のストリームライナー

 少し前に鉄道模型も勉強して見たいと書いた。その第一弾に選んだのがアメリカ初のストリームライナーとして名高い Burlington Zephyr, 1935年頃のアメリカンフライヤーのブリキモデルである。アメリカに流線型ブームが押し寄せた自動車で言えクライスラーエアフローやリンカーンゼファー(そういえばこちらも Zephyr である)と同じ時代背景である。 Burlington Zephyr は1934年デビューのディーゼルモデルでステンレスをリベット止めする工法で軽量化を達成、デモランでは1000マイルを平均時速120Kmを超えるスピードで走破、その高性能ぶりをアピールし直ちに Burlington 鉄道が営業運転用に発注したようである。   鉄道モデルを研究するに当たり最初にこのモデルを選んだ理由はもう一つある。バーリントンはアイオワ州の南東の角にある人口2万に満たないミシシッピー川沿いの田舎町でシカゴから定員20名程度のプロペラ機で1時間の距離だが当時の交通の要衝として有名である。実はチャンピオンプラグの主力工場がここにある為過去に多分10回程度訪れたことがあり筆者にとってはノスタルジックな名前なのである。真冬は氷点下30度にも達する寒いところで空気中を漂うきらきらと輝くダイヤモンドダストの輝きが忘れられない。 なぜこの町が交通の一大拠点になったのかは定かではないがいずれにせよアイオワ州には大きな町は存在せずシカゴから大陸横断の為西に向かって真っすぐ走るとミシシッピーを渡ったところにたまたまこの町があって陸路と水路の交通のかなめとなったのだろう。ちなみにアメリカ横断のフリーウエイUS80もこの町を通っている。1930年代にこの列車が初めてプラットホームに滑り込んできた時の驚きと感激は如何ほどだったであろうか?

2011年6月28日火曜日

アルファ145車検完了、嫁ぎ先募集



先日実家に里帰りしてきたアルファ145だが本日6月28日に車検が切れるのであわてて車検に出かけた。13年前の車だが走行距離僅か32,000KMの極上の個体で特に悪いところはどこもなく、ここ数日の忙しさもあって”検査後整備”(つまり車検でどこか引っかかったらそこを直しましょう、というあまりお奨め出来ないやり方)と割り切って車検に出かけた。 予め解っている問題点は左右のヘッドライトの光軸調整装置が壊れていることでどうもこれは145のアキレス腱らしく同じトラブルの話を良く聞く。行きつけの予備検査場で“アレ今日はまともな車じゃないですか!!”との皮肉タップリ(?)の御挨拶(そうです、いつも変な車で予備検査場のスタッフの皆さんに御迷惑をおかけしているのです)、ラインを通してみたが予想どうり全くの健康体でホイールアライメントなぞ、針が壊れてるのじゃないかと思うほどピクリともしない。で最後のヘッドライトの光軸調整に至ってやはり通常の方法では光軸が上がらない。実はこの為に部品取り車も確保してあって本当は交換してから車検の予定だったのだがーーー。いったん引き揚げて出直しかとも思ったが実に親切かつプロフェッショナルな予備検査場のお兄さんがちょっと調整して見ますから、と言うことで反射鏡自体の位置をマニュアルで変えてゴソゴソやると取り敢えずOKゾーンに入れることに成功した。あとは振動が出て光軸が狂わないようにそろりそろりと車検場に移動、神様、仏様とお祈りすると右も左もなんと一発合格、後は不安のあるところはなく、無事合格と相成った。このアルファ145、長距離のイベント出店用に快速クルーザーとして重宝しているが(高速の上で3,4,5速とマニュアルミッションを駆使しながら走るシケインをクリアーして飛ばすのは実に気持ちが良い)いつも申し上げているように何台も抱え込む余裕はなく、もしご希望の方がおられれば車検2年付き、諸費用込、税のみ月割り按分、上述のライトを調整可能なものと交換(つまり次回の車検はウルトラC無しでOKの状態にして)の条件で¥23万、関東近県無料で納車名変、でお譲りしたいと思う。興味のある方、詳細お問合わせください。

2011年6月25日土曜日

ちょっとオシャレにお買いもの



10数年間生活を共にしたFIAT850スパイダーが古くからの友人である大阪の愛好家の元に嫁ぐことになった。そこで最後の晴れ舞台に関西まで自走してゆき高尾サンデーミーティングに参加した後引き渡ししようか、などと話しているが昨今の猛暑、実現できるかどうかは車もそうだがエアコンの無い狭い車内で500Kmを走る人間の体力とも相談しなければならず正直なところ(もしこの暑さが続くようなら)あまり自信がない。 この車ここ数年間、車検を切ったままでガレージで惰眠をむさぼっていたので上記のプランを実行に移すかどうかはともかくとしてまずは軽いトレーニングで健康回復に努めることとした。幸い(奇跡的に?)電気系はすべて生きているようなので取り敢えずラジエターの水を総とっかえして暑い夏のオーバーヒート対策をしてあとはしばらく乗ってみてダメ出しをしようと決心、近所を一回りしてみても特に異常はなさそうなので少しづつ距離を延ばしているところである。今日は頑張ってハードトップを外して(ドイツ車ほどではないがそれでも年寄り2人には十分以上に重い)みるとこれがなかなか快適で心までウキウキしてくる。早速箱根のカフェ”J”詣で、と思わないでもないがそれはもう少し体力に自信が出来てからと考えて、取り敢えずは近所のコンビニまでお昼ごはんの調達にこれで出かけることとした。周りの視線を楽しみながら(そうです、オープンカーを楽しむためには紫外線対策だけではなく好奇心あふれる視線を楽しむぐらいの余裕が要るのです)、いまどきの軽の2/3 程度のささやかなパワーを903ccの肺活量から引き出して走るのはなかなかに楽しいものである。 スーパーカーと違って誰も持って行く人がいない車なので中に貴重品を置かない限りドアをロックするなぞという無粋なことをしなくてもよいのもうれしい。私の美的感覚ではこれでコンビニにお買物は大変に”かっこいい”のだが果して読者の皆さまは如何であろうか?

2011年6月24日金曜日

イベント出店のお知らせ

今週の週末、26日(日)は”おもちゃのワンダーランド”番外編、熱海ビッグマーケットに、そして来週の週末7月2日(土)は山梨県石和町の第一回石和温泉郷クラシックカーフェスティバルに出店予定である。 熱海はいつもの横浜ワンダーランドマーケットと静岡のモデラーズフリマの大競演、という触れ込みのイベントで会場は熱海ニューフジヤホテル、自分一人ではレベルの高いワンダーのお客様のお眼鏡にかなう十分な商品がないので友人のM氏を口説き落とし一緒に出ていただくことにした。

一方石和は今年初めての試みの町興しイベントとか、石和と言えば温泉で有名だが当方にとってはラリーに狂っていた当時(もう40年以上前の話です!!)、主戦場の一つだった御坂峠のすぐ近くで毎週のように走り回っていた懐かしい場所でもあり参加させていただくこととした。ところが申し込んでびっくり、なんと50店以上のスワップミート参加希望者が集まり屋内会場はすでに一杯で得意の(?)”そこを何とか”とお願いしてみると土曜日のみ、屋外であればOKとのことで、取り敢えず土曜日のみ(日曜日はキャンセル待ち)参加させていただくこととなった。屋外の場合怖いのは雨だがお天気の神様に7月2日は晴れさせるように予約を入れておいたので是非お出かけ頂きたい。写真は名古屋のノスタルジックカーショーでの出店風景だが大体こんな感じでお店を開いているのですぐにお分かり頂けると思う。

2011年6月23日木曜日

オートモビリア増殖中

新しいオートモビリアがアメリカから到着した。 皆様の温かいご支援のおかげで段々と取扱量が増えて最近ではほぼ毎週宝物を満載した大きな箱が到着している。前回も書いたが箱を開けるときのワクワク感は小さい頃クリスマスプレゼントを開けるときのあの気持ちそのままである。
今回の新着は写真のとおり、目玉はオリジナルの箱入りチャンピオンのノベルティラジオ、1920年代のガーゴイル(恐竜)マークのモービルのフランジサイン、ミントコンディションのマーシャルフォッグランプあたりか? チャンピオンのラジオは過去に多分10台以上販売させていただいたベストセラーだがオリジナルの箱入りは本邦初公開(!?)、外箱は当時のプラグの箱と同じデザインでこれだけでも一見の価値ありと思う。この後ホームページのオートモビリアコーナーに順次アップしていくのでご興味の向きは早めにご一報いただければ幸いである。


2011年6月22日水曜日

今日は夏至




今日は24節気(節気の字は節季との説もあるようだが取り敢えず節気とさせていただく)の一つ、”夏至”日照時間が最も長い日だそうである。早いもので薪ストーブの為の薪割に追われていたのがつい先日のように思える。いつも同じ写真で恐縮だが我が”埋もれ木の宿”の冬晴れの風景、桜の季節に続いて緑いっぱいの初夏の景色をご覧いただきたい。
これほどまでに劇的に変わる自然を居ながらにして楽しめるのはありがたいことでありぜいたくの限りだが自然が一杯と言うのは必ずしも良いことばかりではない。 雑草はこれでもか、と言うぐらいに抜いても抜いても出てくるし、ムカデ,ヤツデは日常茶飯事、2-3日前には我がオフィスの網戸に何と身の丈1.5mはあろうかと思われる立派な蛇が這い上がってきた!! さすがにこれには驚いたが蛇は家の守り神とか、これだけ立派な奴がいるということはこの先きっと良いことがあるだろうと納得、願わくはあまり目に着くところに出てこないでくれとお引き取りを願った。 今これを書いている最中には今度はヤモリが網戸に現れた。まあ先日の大きな蛇に比べればかわいいもの、写真を撮ろうと思ったらシャイなのか早々に逃げてしまった。考えてみれば人間が住み出して迷惑しているのは虫たちの方かもしれない。きっと”最近の世の中住みにくくなったね”などと話しているのであろう。省エネの夏、自然とうまく共存して乗り切っていきたいと思っている。

2011年6月21日火曜日

SHCC 大磯ロングビーチジムカーナ参戦記


いささか旧聞になるが6月5日大磯ロングビーチで行われたSHCC(湘南ヒストリックカークラブ)主催のヒストリックカージムカーナに参戦した。 年2回行われるこのジムカーナ、かれこれ10年ぐらいは愛機FIAT850クーペで無遅刻、無欠席の”優良参加者”である。前回は特集としてジャガーをフィーチャーしたのでせっかくの機会とドライバー一人、車2台(いつもの850クーペとおまけのEタイプジャガー)のダブルエントリー、大いに忙しい思いをしたが今回は特集はHONDAと言うことでこれは得意のジャンルではないのでそれでは、と850クーペでの出走とアンティークのお店の出店、のダブルエントリーとすることとした。今回のコースはどちらかと言うとミッキーマウスコースで小排気量向き、1速ノンシンクロ車はちょっとつらいところかもしれない。よしそれではお立ち台を目指して、と思いきや今回はHONDA特集で何とレーシングカーまがいのエスハチが大挙してAクラスにいるではないか(!!)、中にはコニリオなどと言う競争する為にだけ作られた純レーシングカーも、それに“元”ライバル(なぜ”元”かというとあまりに早くなってしまって今やライバルと呼ぶのも失礼にあたる異次元の世界の速さなのです)のフロンテ親子も当時のワークスカーもかくや、と思わせる”エクゾーストノートを響かせている。これは今回はだめだと早々に観念し”今回はお店があるので”--と“言い訳”もバッチリ考えたがいざスタートラインに並ぶとそこはドライバーの悲しい習性、1000分の1秒を削り取ることを目指して右足に力を込めることに。
で結果はどうだったかと言うと20台プラス中、7位、入賞の6位とは1000分の1秒差で大いに悔しい思いをした。6位の車はFIAT600ベースのアバルト750、これには正直勝ちたかったが実はこの車、エンジンにはかなり鼻の油がすり込まれており(古いアバルトオーナーの多くが使っているあの方法)Sタイヤで武装してある強力なさそりの毒の持ち主でこれに1000分の1秒まで迫ったことで良しとした。実際今回の2本目はいささか手前みそながら出来が良く(ジムカーナをやっておられる方はお分かりと思うが出来の良い時はターンしている時に”先が見える”のである)長年のライバルのY氏のエスロクに1秒以上の差をつけている。今回のAクラスでの圧巻はホンダT360でなんと並みいるエスハチを抑えて見事5位入賞を果たした。どこをどういじくってあるにせよ所詮は”軽トラ”、およそジムカーナ向きではない車での入賞には素直に敬意を表したい!!   

ところでお店の方は、というとおかげさまで商品とお客様のマッチングが良かったようで絶対人数は少ないながらも売れ行きは好調で何よりも多くのお客様が顔見知り、忙しいながらも大変に楽しい(でもあと1000分の1秒、縮めたかった、くやしい!!)1日だった。ちなみに2枚の写真は当日の珍車2台でこんな車が本気で走る姿を間近でじっくり見られるのも当ジムカーナの素晴らしいところ、読者の皆様も次回是非お出かけください(次回もお店を出店の予定です)。

2011年6月20日月曜日

グッドバイ、ボルボV70

ボルボV70が嫁ぐことになった。




我が家にやって来たのは震災直後のこと、以来3カ月弱広いカーゴルームを武器にアンティークを目一杯積んでイベント出店の為東方西走の大活躍、僅かの間に2000KMを後にした。ボルボと言えば質実剛健のイメージだったが、軽いハンドル、軽いタッチで聞くブレーキ等あまりに都会的になったボルボV70に、乗り始めた当初はちょっとためらいもしたが慣れてみれば居心地の良い室内のような感覚になりこれがボルボの目指している車作りかと思えるようになった。ただ一昔前のターボは低回転ではただの低圧縮比エンジンで、街中を這いまわっているとかったるく、さりとてエンジンを回せば今時のエコブームに異を唱えるようであまり快適ではない。ボルボの名誉の為に付け加えるとパワー自体は十分で3000rpmを超えたあたりからグイグイ力が湧いてくる。長距離でおとなしく乗っていればリッター10Kmを僅かに超える程度の燃費で大きなボディの2.4Lターボとしてはマアマアといったところかもしれない。 この車走行距離は既に14万キロを超えているが特筆すべきは前オーナーの徹底した事前メインテナンスと手入れの良さで危なそうな部品はすべてディーラーで交換距離の目安に従って交換されておりまるで新車のような安心感があった。 また50年も車好きをやっていて何をいまさらと言われそうだが雨の日に屋根の上で水たまりが居心地のよさそうに丸くなるのを見て(ワックスが完璧に効いている証)前オーナーに改めて敬意を表した次第。 新しいオーナーの元でも可愛がってもらえると確信している。