2012年6月24日日曜日

忙中閑あり

またまただれにも負けない意志の弱さを発揮してしばらくブログを休んでしまった。この間、読者の皆様にお届けしたいネタはたくさんあったのだがとにかく猛烈に忙しく締め切りを守らなくても誰にも叱られない気楽さも相まってついつい“明日にしよう”となってしまう。 そんな中でも今日は“忙中閑あり”で多分2-3カ月ぶりにイベントの無い日曜日、しかも”ちょっと良いこと”があったのでこれを機にまたまた一大決心をしてブログを再開することとした。そのちょっと良い事というのはここ2-3日どうしてもうまくいかなくてあれやこれや考えていたバンプラ号のクラッチのエア抜きが無事終了したことである。この車、もう10年程わが家で預かっていてここ数年は一時抹消してあったがオーナー氏が一念発起、車検を取りたいと仰るので、ならば、とお引き受けしてここ2カ月ほど悪戦苦闘してきた車である。安請け合いしたのはよいが少なくとも過去5年程動いてない(エンジンは時々掛けていたが)車の車検を取るのはそう簡単ではなくやりだせば次から次へとトラブルが出てくる。それでも10日ほど前に無事車検にパス、書類を整備してナンバー取得に出向こうとしたらなんとクラッチペダルが”スー”と抜けてしまう!! それでもこの段階ではクラッチシリンダー2個のオーバーホールをすればなんてことはないと思っていたのだが部品発注の手違いやらがあって作業にかかれたのが21日(木)、26日(火)までに登録完了しなければウルトラCでせっかくパスした車検が無効になってしまう。これは大変とアンティークの仕事はそっちのけでバンプラ号と格闘を始めた。オーバーホール自体は1日で完了(新しい車ならもちろんそんなにかからないが何せネジ1本外すにも錆ついていて大変な労力がいる)、さてエア抜きをしようとしたが全く反応なし、さてはカップの向きを間違えて入れたかと思って再度バラして点検、異常無しで組み立て、エアー抜きに挑むも反応なし、ここに至って焦りが出てくる。マニュアルに頼るほどの作業でも無し、と思っていたが再度ヘインズのマニュアルを取り出し2個のシリンダーの断面図を詳細に点検、一部の部品を古いものに戻してみたりトライしてみたがダメ、どっと疲れて土曜日が終了。焦りは頂点に達する。食事中も寝ている間もあれやこれやと考えて最後の試みとして組立て前にシリンダーのみならずパイプの中の空気までを出来るだけ出してから注意深くパイプを結合、今回はペダル踏み担当の助手を手配して祈るような気持ちでペダルを踏んでもらうと2-3回目からプクプクとエアが出てきてペダルに手ごたえ(足ごたえ?)が出てきたという。 やった!! これでOK 結局原因は良く解らなかったが(上述したようにある程度、中の空気を抜いてからの方がエア抜きの効率は良いと思うが普通はここまで徹底して抜かなくともあとのエア抜きでスムースに抜けるはず)結果良くればすべてよし、久しぶりに気分の良い日曜の午後となった。

2012年5月14日月曜日

愛知トリコローレ2012

先週の(土)、(日)と静岡県、御前崎の部品交換会と名古屋の愛、地球博会場で行われた愛知トリコローレ2012に出店してきた。今回のトピックは何と言っても新東名、開通して1カ月弱になるがアメリカに買い付けに行っていたり最近のイベントが新東名沿線でなかったりで今回が初めての体験である。ちなみに私、東名とのかかわりは長く45年前に静岡ー富士間が初めて開通した時も入学したばかりのS大学の生協の食堂から真下に見える東名の開通式後の車の列を見ていたものである。以来我が人生の何%かは確実に東名の上で過ごしてきたわけで運転手が職業ではない身としてはまず間違いなくNEXCO中日本に対する料金収入のトップクラスの貢献者(?)と思う。サラリーマンを卒業して年間の走行距離が少し減ったかと思っていたがここ1年ほど骨董品販売業のイベント参加が増えて静岡、名古屋通いが増えた身としては本当に待ちかねた開通である。御殿場から分かれた第一印象はとにかく分散によって車の数が劇的に減った(!!)こと、30年ほど前の水準に戻ったような印象である。東名は当時聞いた説明によれば居眠り防止のため(?)のクロソイド曲線とかいう意識的な曲線で構成されているが新東名はカーブのRが圧倒的に大きくほとんど直線の連続、またアップダウンもはるかに少ない(これなら2CVに荷物満載でも走れそうである)。さらに有難いことにトンネルの無意味な80KM規制が無い。それに今のところは新しい為か舗装が圧倒的にスムースでショックが無い。東名はここ10数年は車の数が増えすぎて2車線区間では遅いトラックを先頭の2列縦隊、平均速度も80KM以下までに落ちていたがこれなら20-30年前のペースに戻って(あえて速度は書かないが)快適に走ることが出来る。行きは清水JCで従来の東名に戻り帰りは三ケ日から御殿場まで走ってみたが1日のイベントを終えて名古屋からの帰りの疲れ方がまるで違う。渋滞の中前後の車に注意しつつストレスをためながら走るのとガラガラの高速を心地よい速度でクルージングするのがこんなにも違うということは新鮮な驚きであった。NEXCO中日本さん、三ケ日ー豊田間はいつ開通するのですか?

写真の1枚目は御前崎のイベントの夕暮れ風景(ここは夕方4時開始のイベントです)、2枚目は愛知トリコロール風景である。トリコロールは何台かの古い車もいたが大半は新しい車で台数も思ったより少なめであった。

2012年5月7日月曜日

2CV冒険旅行

ゴールデンウイーク最後の6日、富士市の富士山メッセで行われた第3回クラシックカータイムに今回はシトロエン2CVで出店をしてきた。元々あまり壊れるところがないので信頼性は高い(?)2CVだがなにせ600ccの身にテント、テーブル3個、展示用ラックに加えて積める限りの商品を詰め込んだ状態なので最大の敵は“上り坂”、箱根越えはまず無理なので東名をゆっくりと走っていくことにする。元々フランス生まれで一旦スピードに乗ってしまえば高速は(平坦か下りである限り)少なくとも見かけよりははるかに快適で80+で快適にクルーズするがとにかく上りはダメ、見る見るうちにスピードが落ちてくる。他の車の迷惑にならないように(普段走ることのない)左端をつつましく走っていると軽のワンボックスに乗った家族連れがさもあざ笑うかのように指さしながら抜いていく、冗談じゃない、軽に笑われる筋合いではない(!!)、よく自転車に乗ると自然が感じられると聞くがこの車、まさにそうで普通の車なら気にならない登り坂も確実にわかるし追い風と向かい風で出せるスピードが変わると言えばまさに自転車の世界ではないか。この車で東名を走っていると常に緊張感が付きまとって眠くならないのと絶対にスピード違反で捕まることがないのが良い(はい、どう頑張っても違反するだけのスピードが出ないのです、但しあまり捕まったという話は聞いたことはないが最低速度違反は要注意かもしれない)。それでも無事に富士山メッセにたどり着きいつもどうりの出店準備をした。クラシックカーのイベントとしては比較的ローカルな存在だと思うが中には写真のような珍車も、1枚目はタトラ、2枚目はロールスのシルバーゴーストと思うがなんとナンバー付きで自走してきたようだ。他にも珍しい車が多くなかなか楽しいイベントであった。ハプニングは午後からで(天気予報どうりだが)にわかにかき曇ったかと思うと突然ヒョウ、続いてバケツをひっくり返したような雨が降り出した。午後からの雨は予想していたので早めに雨にぬれるとマズイ物は引っ込めていたがそれでも突然のことで多少の商品が濡れてしまったが大きな被害はなかった。帰りの東名も雨で窓を閉めていてもどこからか入って来る水しぶきと御殿場への上り(上りの方が下りよりもこう配がきつい)と戦いながら無事にたどり着いたころには雨はすっかりあがり青空がのぞいていた。

2012年5月4日金曜日

雨のゴールデンウイーク

 
アンティークの買い付けの為のアメリカ旅行から帰って猛烈に忙しくバタバタしていたら2週間が過ぎてしまった。この間29日には横浜のワンダーランドに、翌30日には長野まで足を延ばして長野ノスタルジックカーショーに出店してきた。今回のワンダーは出店者は少なめであったがお客様は多く、また当方も前回あたりからお客様のニーズにピントが合ってきたようで今回もおかげさまで良く売れた。特にかなりの数を持っていったヴィンテージシュコーモデルは完売となってしまった。4時過ぎにワンダーを終わってその足で今日の宿である諏訪に向かう。 上諏訪の駅近くに美味遊膳”ちゅうぼう”という居酒屋があり料亭で長年修業したというマスターの腕は確かで温泉で疲れを癒した後冷えたビールで乾杯とくれば今日の疲れはすぐにどこかに行ってしまう。ちなみにここのマスターはすぐ近くの平塚の出身、信州の夜にローカルの話でおおいに盛り上がった。ここから長野は意外と近く1時間半ほどで到着する。このあたりはちょうど桜が満開で今年はアメリカ出張の為見逃したさくらを堪能することが出来たのは望外のおまけだった。ショーの人出はまあまあといったところで同業者に聞けば昨日の1/3 程度だとか、自分が買う身になって考えれば当然だが、2日間イベントはやはり初日が勝負のようだ。会場には写真のバッドモビルという映画に使われた車が展示されていた。当方の趣味ではないが中々の迫力ではあった。売り上げはまあまあで交通費、宿泊費等を考えると決して儲かったとは言えないがこの長野のイベント、信州という場所がそうさせるのかなぜか楽しくきっと来年も来ることになると思う。

2012年4月13日金曜日

世界で一番XXXXな街

前回に続いてもう一つ“世界で一番”をご紹介したい。
The Biggest Little City in the World" 直訳すれば”世界で一番大きな小さい街”ということにでもなるのだろうか、エアレースや50-60年代のアメリカ車の祭典ホットオーガストナイトで有名なネバダ州リノのキャッチフレーズである。初めてこの町を訪れたのは当時世界最大を誇ったハラーズオートモビルミュージアムがまだあった頃の話で30年近く前になると思う。あまりに膨大な数のクラシックカーがそれも玉石混交といった感じで展示されていたのをかすかに憶えている。そのハラーズコレクションももちろん今は無いがその跡地にはるかにスケールの小さなしかしなかなか良い感じのナショナルオートモビルミュージアムが今でも存在する。写真の建物がそうでハラーズ時代の“玉”は世界のコレクターのもとに行ってしまって残っていないが展示車両は中々趣味が良くアメリカ車ファンにはお勧めできると思う。どういう訳か僕はこの The Biggest Little City が大変気に入って、以来30年リノ詣でが続いている。古い車やプロペラ機好きには聖地のようなものだし砂漠にあるので基本的にいつも青い空、しかも高地なのでラスベガスほど熱くはなく田舎なので都会の喧騒はない。それでも巨大カジノは多くあり夜も退屈することはない。車で1時間も走ればそこかしこに西部開拓時代そのままで時間が止まってしまったようなゴーストタウン(失礼、人は立派に住んでいる)が多くあり歴史好きにも興味は尽きない。決してネバダ州から報酬を得てPRしている訳ではないが是非一度リノのエアレースやホットオーガストナイトを訪ねて見られることをお勧めする。

2012年4月11日水曜日

世界一XXXXなゴルフ場

土、日のサンディエゴとロスのスワップミートが終わって次の週末までの5日間どう過ごすか考えたが年と共に新しいところに行こうという好奇心が薄れてきて今回もネバダ州北部のリノ、カーソンに行くことにした。片道600-700Kmの砂漠の旅になるがロス近郊のホテルで過ごすよりもよッぽどいい。遠回りして海沿いの101を北上するのも綺麗で良いが早いのは何と言っても砂漠をまっすぐに北上するUS395、又はデスバレー経由のUS95,特にUS95は写真のとおりの道でクルーズコントロールを77マイル(制限速度70マイルの10%+、捕まらない限界)に設定しておけばあとはたまに道路のカーブに合わせてハンドルを動かす程度でオアシスを出ると次のオアシスまでだいたい100-150Kmはこんな感じである。デスバレーは世界で一番熱いところとして有名だがその真ん中になんとその名もファーネスクリークというゴルフ場がある。ファーネスはFURNACE と綴って意味は溶鉱炉、まあ溶鉱炉の中でゴルフをしているような物である。実はこのゴルフ場、熱いだけではなくもう一つ世界一のタイトルが付いている。写真でお判りいただけるようにここは水面下、214フィート、そう水面下70m程度に位置するゴルフ場である。暑さの方でも世界一のタイトルが取れそうだが残念ながら(?)5月から9月ごろまでは休業してしまう。かなり前に真夏にここを訪れたことがあるが摂氏50度を軽く超える温度でさすがに人の集まるオアシス以外では景色を見るために止まっても(エアコンが切れるからではなく再始動できなかったら命にかかわるという意味で)車のエンジンを切る気になれなかったことを覚えている。何もここまで来て無理してゴルフをしなくても、とも思うがもの好きは私一人ではないらしく結構多くのゴルファーがプレーをしていた。それでも日本のゴルフよりはるかにペースが速く3時間ほどで1ラウンドを終えて砂漠の中を次の目的地トノファ(TONOPHA)まで3時間弱のドライブを楽しんだ。

2012年4月10日火曜日

Made in USA ?

6日からアンティークの買い付け(とバケーション?)の為にアメリカに来ている。買い付けと言っても今回は特にオートモビリア専門のイベントがある訳ではなく一般のフレアマーケット(スワップミート)をいくつか覗いてみようと思っている。車好きの琴線に触れるものが出てくるかどうかはわからないが行ってみないことには答えは出ない。それにサンディエゴに住む娘夫婦に生まれた三つ子(つまり孫が3人まとめて出来たということ)に会いに行くという大義名分もある。取りあえず7日はサンディエゴ、8日はロス郊外のパサディナのフレアマーケットに出かけてみた。この後はいつものネバダの田舎町でアンティークショップの探検とゴルフそれにカジノ三昧の1週間を過ごしたのち日曜日にロングビーチのアンティークスワップミートを訪ねて月曜日に戦利品を日本に送ったのち帰国の予定である。取りあえずアメリカ旅行記の初めは Made in USA を2点.